I氏、尻餅をつく

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「ヒフミくん、最近太った?」I氏が訊く。この質問をされるたび背筋の辺りがこそばゆくなる。
「まあ、59.5kgになったんで理想体重には近づきました」会話にかすかな気持ち悪さ。
「ほら、ビアガーデンこの前行ったやろ? それでワシ体重64.5kgまで増えてねえ。でも今朝測ったら体重減ってたわ」
 ジジイの体重談義なんてどうでも良すぎて雨降るわ。
 隣でどん兵衛すすりながら新聞を読んでる中年サラリーマンに気が向いてしまう。
 I氏はT大学で博士号が取れなさそうなのでK大学を受験しようか検討中だそうだ。(どうでも良すぎて雨が降る)
 氏の彼女が2700万円のマンションを買ったらしい。30年ローンで。
「IさんがK大学行ったら彼女はどうするんですか」
「付いてくると思うよ。マンションは人に貸して」
「あー、そういうのもできるんすねえ・・・・・・(どうでも良すぎて雨が降る)」

 帰り、ゴミ捨て場の裏手がやや急な傾斜になっている道を通る。
「あ、ここ埋められとるね」
 確かに。前はくぼんでいたところが砂利で埋められている。
「あー、これで前より歩きやすくなりましたね」
「そうんじゃふッ」I氏がその砂利のせいで滑って思いっきり尻餅をついた。
 いつもそう。言ったそばから僕の台詞は嘘になる。

 I氏はすぐ立ち上がって何もなかったように振る舞う。その姿を見て、僕は2年前の企業見学でのある瞬間を思い出す。バスから降りたときに凄まじい勢いで転けた男子大学生。彼は絶対に痛かったはずなのに、転けたときと同じくらい一瞬で立ち上がってみせた。周りの人が大丈夫?と尋ねる。平気と答える彼。何なのだろう。それを見て僕は「つまんねえな」と思った。いや、関係性が遠すぎるからそう思うんだ。もっと彼と親しい仲だったら「いややせ我慢だろ」ってツッコんでいただろうし。それにしても彼の友人らしい人でさえ何もその点にツッコまないことが私にとってひどくつまらなく感じたのだった。つまらない。それは無難で妥当で適度な距離感を保った大人のコミュニケーションなのかもしれない。けど、無難で妥当で正しいだけなんて、退屈なだけではないか。奇天烈で破茶目茶で間違っている世界をどうか追いやらないでほしい。そう思っている、間違った自分がいる。

 正しいことだけが素的なことだとは信じない。面白いこと。そう、可笑しいことの面白さだけは信じられる。僕は笑うことが好きなのだ。