飲み会地獄で絶望した僕、RAPする俺、それから私
「良かった! まだ生きてたんだね!」とからかい半分でよく言われる。
うるせえ。
顔が暗いからって自殺願望を抱いているとは限らねえんだよ。知ったようなこと言うなバカ。親しくないのに親しそうに接するな。上辺の笑顔をこっち向けるな、不愉快だドアホ!
そう言って、そいつの顔面に糸ようじを投げつける。心の中で。
「いや、そりゃ生きてるって、勝手に殺さないでよ! ハハッ」
うまい返し方が出てこなくて、僕の内側は潰れたトマトみたいになる。
同期との飲み会はやっぱり苦手だ。
互いに大して親しくなっていないのに親しいフリをするのはストレスだ。礼儀が大事なのはわかるけどやや息苦しい。
一人が軽い下ネタを口にした。すると、あるイケメン野郎がやんわりとやめるように言う。女性陣もいるから、とか何とか言って。こういう気の遣い方ダルいなぁ。
しばらく楽しんで(楽しそうな表情を顔に貼り付けて)いると、同期の中で一番空気が読めるさっきのイケすかないメンがマイクを手に取った。
曲は最近流行った、漢字一文字の曲名のアレ。何人かはPVの振り付けまで覚えているらしく、盛り上がった彼らは曲に合わせて踊り出した。うんうん楽しい楽しい。
場の空気をブチ壊したりしないよう細心の注意を払いつつ、俺も体を左右に揺らしてノッている感を演出した。気を抜くと死にそうになる顔を、必死に釣り上げて笑顔にしながら。
4曲目くらいでじゃあ次誰が歌うんだって話になった。
したら、空気読めなさそうな若干ヲタ入ってるやつにマイクが渡った。そいつもべつに満更でもない様子で立ち上がる。
アカン。これは不穏な雰囲気になるぞ・・・・・・と5分後の未来を予想して俺は目を輝かせた。
予定調和の破壊!
期待通り、彼は物怖じせずに歌った。正直言って、あまり上手くはない。でも、上手い下手とかじゃない、彼は歌っているときとても気持ち良さそうな表情をしていた。
彼はその瞬間、その場にいたメンバーの中で誰よりも自由な存在だった。
そのまま羽ばたいてこのつまらない世界から飛んでいってしまえ。
その自己満足で、この空間に風穴をあけてくれ。
僕の無機質な心にも、いつしかそんな感情が生まれていた。
だが、そんな束の間の平穏はイケ男の心ない一言によって突如終わりを告げる。
「何だそれ、全然ヘタクソじゃん」
やつの口からぼそっと出たその一言はまっすぐに飛んでいってKYヲタのハートを完膚なきまでに破壊した。砕け散った心のガラスの欠片たちがミラーボールに照らされて、残酷なほど美しい光景。
KYは途中で歌うのをやめた。
「そんな言われたらもう無理」とかなんとか言って急にゲフンゲホ、ゲホッ、オエってむせ始めた。おいおいおい。
僕はそんな彼の心情を察して可哀想に思った
りはこれっぽっちもしなかったが(するわけがない)、
一方で「きちんとする」ことへの要求がここまで強いのかと、イケ男のストイックさにドン引きした。
女の子たちの前だからって気合入れてんのか?
清潔感の奴隷みてえな人生送って楽しいか、お前?
みんながみんなテメエみてえな八方美人決められるわけじゃねえし、それを強要されるのも息苦しいしそんな圧力かけられる筋合いもねえわバーカ!って思った。
んで、気付いたらマイク持ってた。
誰がって?
俺が。
日陰者で暗い顔したカースト底辺のこの俺が。
なぜか右手にマイクを握ってやがった。
画面を見ると『合法的トビ方ノススメ』の文字。
やばい。
そう思った瞬間、自分の口から言葉が爆ぜ飛び出した。
Yo! 溜めに溜めたフラストレーション
パッと開放するマスターベーション
どうしたの
皆さんファーストデート
みたいに緊張しているマスカレード
ポーカーフェイスの裏側でも
いけない欲望 渦巻いてそう
パンクしそうなら ぶちまけろ
気持ち良い事しよう
One Shot!
もうね、みんなポカーンって顔してた。っていうかむしろ僕がしたかった。
そりゃそうだ、だって俺自分の守ってきたキャラ全無視して「調教済みのブタ共は声あげろ」とか歌ってんだもん。
何様だって言われるかもしれないけど、そのときは関係なかった。かましてやった。
歌い終わったあと、スマホ取り出して「あっ、ちょっと急用できたから出るわ。お疲れ!」つって即帰った。
で、翌日の休日。
ずっと窮屈な頭の中を渦巻いていた陰毛みたいなもやもやを取り除きたくて、
歌だけじゃまだ足りなくて、
でもこの気持ちをどうやって表現したらいいのかわからないまま模索し続けた結果出てきたのがこの「絶望」でした。
そして、「希望」。
ついでにこんなマグカップまで。
まあ、こういう形の自己主張とか感情表現って、臭いしダサいとは思うんだけどさ、
これ着て街中歩いてる変態見かけたら面白いと思うんだ。
facebookとかinstagramで、「絶望」って書かれたTシャツ着て笑顔でピースしてるやつを見れたら僕は満足だよ。
反対に救いようのないほど根暗な人間が「希望」って書かれたTシャツ着てるの見ても楽しいし。
不本意ながら、私はそういうところに幸いを感じるやつなのです。
さらに告白すれば、Yシャツの下にこのようなTシャツを着ていくという企みを密かに夢想してはわくわくする。
こんにちは、僕俺私。これからもよろしく。
はぁ、それにしてもおっぱい揉みたい。