新社会人に勧めるコスパ重視の名刺入れ
たった今大学を卒業してきましたみてえな顔してるそこのアンタ。ああ、お前だよ。
お前さん、会社に名刺入れ持ってこいって言われちゃいねえか?
ああ、そうだろう。言われてんだろう。だと思った。
そこで、だ。話がある。
いい名刺入れ知ってっから興味あんなら紹介するぜ。
いやいや何もふっかけようってんじゃねえ。言っちゃ悪いがこんな安い食堂で安い飯食ってるやつらからボロうとは思わねえよ。ほんの千円二千円ぽっち、安くて無難で実用性重視のちゃ〜んとしたやつだ。
あちこち市場を歩き回って見つけたんだ。ほれ、見てみな。
ご丁寧に把手までついてんだ。新卒への贈り物として結構売れててな。
包装剥がして見せてやる。
表側にロゴがねえだろ? 俺の気に入ってるところはここなんだ。飾りのマークがついてっと牛革の肌触りを楽しめねえからな。
どうだい? まるで生娘の柔肌だろ? ふへへへへ。
御開帳! ボタンでとめるタイプだからうっかりカードが落ちちまうなんてこともまずねえ。しっかりしてるぜ。
左に縦2ポケット、横1ポケット。右は2ポケットで下の段が広くなってる。名刺は30~40枚入るだろうがボタンできれいに留めるには実際20枚程度だろうな。
どうだい、気に入ったかい?
気に入ったならそこに1700円置いていきな。おう、いいってことよ。
ん? どうしてこんなところで商売してるのかって? ハハ、まあな。
そりゃあ、アンタの勤めるところほど立派なもんじゃねえだろうよ。この値付けじゃ大して金にもならねえし。
実はな。俺も昔は大企業で働いてたんだ。営業マンだよ。スーツ着てネクタイつけて駆け回ってたのさ、これでもな。だがあんまり合わなかったんだろうな。そこやめてからいろんな仕事やったさ。駐車場のバイトとか、交通整備員やら何やらな。
だけども三十過ぎた頃に親父が足折って立てなくなった。実家はクリーニング屋でよ、俺が継がなきゃ店を畳むしかねえもんだから俺が三代目になった。
まずアイロンがけ覚えるのに10年かかった。 俺の覚えが悪いってこともあるだろうがピシッと決まるようになるのに10年だ。まあ、そうだな。職人よ。
お前ェ、ここらでクリーニング出したことあるかい?
Yシャツとスーツね、ああ。どうだった? ちゃんと汚れ落ちて帰ってきたかい?
ああ、1回でキレイになったの。本当に? ああ、そう。
どこのお店? ああ、そりゃ大手チェーン店だね。ふーん。
いやね、この辺りの店は結構客からのクレームが多かったんだ。店で預かった服はまとめて倉庫に運んで洗うんだが、いい加減な仕事してる人がいてね。忙しい時期に手伝いに行った先の社長がさ、本当テキトーで洗剤を少なくして洗うんだ。洗剤も値上がりしたからね。で、結局汚れが残っちまって客からクレームが来る。俺ァ、頭来て社長のところは二度と手伝わねえつって出て行った。その店は今じゃつぶれてるけどよ。
つっても個人で経営してる店がつぶれんのは大手のせいなんだよな。ウチだってそうだった。大手は他店をつぶすためにセールやら何やらでしょっちゅう値引きする。個人じゃあんな安くはできねえからな。
品質なら負けやしないってな。近場のお客さんが来てくれてまあなんとかやってた。そんで去年だ。去年の暮に右腕壊しちまった。一日14時間も働いてたからな、当然かもしれねえ。むしろよくもった方だよ。
そいで3ヶ月前から食い扶持つなぐために行商はじめたわけだ。まだ素人だが何とかするしかねえからな。幸い最初に取り扱い始めたその名刺入れはよく売れるんだ。今が稼ぎ時よ。
おっと、話が長くなって悪かったな。俺ァ、これで失礼するぜ。
んじゃ。